弁膜症手術

心臓弁膜症について

弁逆流の原因は様々ですが、長い時間高度な逆流を呈した僧帽弁は、一部または全体が大きく拡大してしまっていることが大半です。僧帽弁形成手術とは、図のように逆流の原因となる弁の一部切り取って縫い縮めたり、ゴアテックスを原料とした人工腱索と呼ぶ糸で弁の形態を整えたりすることで弁逆流を制御する方法です。きれいな形に形成した後には、人工弁輪という「弁のコルセット」を周囲に縫着することで、手術後に弁が拡大するのを防いで形を維持する手技を追加します。このような方法で本来の弁を修復して弁の機能を回復するのが「弁形成手術」です。当院の手術の特徴は、弁をできるだけ切除せずにゴアテックス糸で形を整えるループ法を中心に行っている点です。僧帽弁逆流(閉鎖不全)の逆流制御手術では、自分の弁を手直しする弁形成手術の生存率が優れているという報告があります。したがって、形成手術後に早期に大きな逆流の再発が危ぶまれるような特殊な病態を除いては、この形成手術が第一選択となります。

心臓弁膜症について

心臓弁膜症について

弁形成術

帽弁形成術

弁逆流の原因は様々ですが、長い時間高度な逆流を呈した僧帽弁は、一部または全体が大きく拡大してしまっていることが大半です。僧帽弁形成手術とは、図のように逆流の原因となる弁の一部切り取って縫い縮めたり、ゴアテックスを原料とした人工腱索と呼ぶ糸で弁の形態を整えたりすることで弁逆流を制御する方法です。きれいな形に形成した後には、人工弁輪という「弁のコルセット」を周囲に縫着することで、手術後に弁が拡大するのを防いで形を維持する手技を追加します。このような方法で本来の弁を修復して弁の機能を回復するのが「弁形成手術」です。当院の手術の特徴は、弁をできるだけ切除せずにゴアテックス糸で形を整えるループ法を中心に行っている点です。僧帽弁逆流(閉鎖不全)の逆流制御手術では、自分の弁を手直しする弁形成手術の生存率が優れているという報告があります。したがって、形成手術後に早期に大きな逆流の再発が危ぶまれるような特殊な病態を除いては、この形成手術が第一選択となります。

帽弁形成術

ループ法

Annals of Thoracic Surgery. Axtell, Andrea L.等, 109, Pages 437-444. 2020.より引用

ループ法とは? 小開胸ミックス(MICS)手術の先駆者であるMohr教授が開発した方法で、近年世界中の多くの施設で行われています。筆者がミックス手術の習得に留学した際にMohr先生から教わった際は、まだ弁の一部に使用するのみでした。当科では、2009年よりほとんどのケースの僧帽弁形成術に本法を行っています。一般によく行われている切除して縫う方法では弁膜が不足してしまうような弁が小さめの少し形成が難しい症例でも、通常と同じように再発の少ない形成が可能となってきました。

大動脈弁形成術

大動脈弁逆流にたいしても病状病態を検討して、人工弁置換だけではなくYacoub手術を中心とした自己弁温存・大動脈弁形成手術を積極的に行っています。

大動脈弁形成術

Remodeling法による大動脈弁温存手術

Annals of Thoracic Surgery. Youssefi, Pouya等 Volume 107, Pages 1592-1599, 2019より引用

人工弁置換術

弁機能が悪化した弁を切り取って人工弁に取り替える手術で、弁の狭窄症に多く用いられています。人工弁にはパイロライトカーボンとチタン合金で作られた機械弁とウシやブタの心臓弁・心膜を加工して作られた生体弁があります。それぞれに長所短所が存在するために、人工弁置換術を受けられる患者さんは事前にどちらかを選択しておく必要があります。いずれも、耐久性とワーファリン服用の必要性に差があります。

種類 機械弁 生体弁
画像
機械弁
生体弁
耐用年数 長い(20年以上) やや短い(10年から15年)
血栓形成 できやすい できにくい
血栓を防ぐ薬
(ワーファリン)
生涯 必須 中止 可能
※術後3か月は必要

機械弁は、蝶番(ちょうつがい)の部位や開閉する弁に血栓が付着することがあるため、ワーファリンの服用が必要となります。ワーファリンとは、血液が固まるのに重要な役割を果たすビタミンKを阻害する薬物です。しかしワーファリンが効きすぎると出血しやすくなることがあります(鼻出血・脳出血・消化管出血など)。そのため数ヶ月毎に採血をして血の固まり具合を検査して服用量を調節する必要があります。ビタミンKの接種はワーファリンの作用を弱めますので、ビタミンKの特に多い食品類(クロレラ、青菜、ビタミンKを含んだビタミン剤)は摂取しないなど食事制限の必要があります。納豆菌は腸管内でビタミンKを合成するため、納豆も食べないように制限する必要があります。

ワーファリン内服中は血液が固まりにくいので、医療処置や手術(歯科での抜歯など)をされる時には、医師にワーファリンを内服していることを知らせてください。

一般的には65~70歳より若い方には機械弁を用い、それより高齢の方では生体弁を用います。しかし、ワーファリンの内服が問題となる方、例えば挙児希望の女性(ワーファリン内服により胎児に障害が出ることが知られています)、外傷や打撲を伴う職業の方(漁師さん・大工さん・スポーツ選手など)は、生体弁での人工弁置換術を受けることも選択可能です。医師とよく話し合い、十分な説明を受けてご自身の生活スタイルにあわせた人工弁の選択をしてください。

また、当院では、大動脈弁狭窄症に対して行う大動脈弁置換術に関して、心臓血管外科以外のスタッフとハートチームを作って経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVI)を行っています。様々な臓器障害で全身状態の悪化した患者さんや、そもそも大きな心臓手術に耐えがたい高齢の患者さんでは、人工心肺装置を用いて心停止下に行う一般的な大動脈弁置換術の危険性が高まります。そのようなハイリスクの患者さんには、管状の「カテーテル」と呼ばれる道具を血管に挿入して、血管の内部から人工弁(生体弁)を留置する治療法を選択しています。しかしこの方法で使用する生体弁では、まだ十分に耐久性のある人工弁が開発されていないため、若い患者さんでは早期の再手術が必要になることが予想されます。そのため現在は、上記のような患者さんの治療に限定して行っています。

詳しくは当院のTAVI治療のホームページをご参照ください。

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右小開胸のMICS(ミックス)手術とロボット (ダビンチ) 支援手術

一般の心臓手術は、胸の正中を25cmほど切開し、胸骨という骨を縦に切開して心臓に到達する方法(胸骨正中切開:図1の左)で行われます。この胸骨正中切開法は、心臓全体が視野に入り手術操作を直接医師の手で行うことができる一般的な心臓手術のアプローチ方法です。しかし傷には細菌感染のリスクがつねにあり、心臓手術では胸骨の切開部の3%程度に細菌感染が発生するといわれています。この場合、骨の中の骨髄に感染が及ぶと、全身に細菌にひろがる「敗血症」に陥り生命が脅かされることがあります。また、骨を切ると治癒するまでに数か月かかるため、社会復帰に時間がかかります。胸骨を切らないミックス手術(Minimally Invasive Cardiac Surgery = MICS: 低侵襲心臓手術, 図1右)では、術後の痛みが小さいためリハビリの進行が早く、早期の社会復帰が可能です。当科の医師も2010年から右胸の横を4~8cm切開して肋骨の間から行うミックス手術をこれまでに170例以上に行っています。この方法では、小さな傷で骨を切らずに肋骨の間から手術を行います。患者さんの体の負担が少なくなる、いわゆる低侵襲心臓手術として認知され始め、2018年4月からは保険適応となりました。当院では、後述のロボット手術も含めて一般的な健康保険の適用が受けられます。

右小開胸のMICS(ミックス)手術とロボット (ダビンチ) 支援手術

左:一般的な心臓手術の創 右:ミックス手術の創

ミックス手術では、右胸から心臓への距離が遠いため一般の手術器具では届かず、糸を結ぶのも指が届きません。そのため20~30cmの棒状の手術器械を使って手術操作を行います。直(じか)に手で行うよりも時間がかかりますし、長い道具は体の中で曲げることができないため、手元で器具を器用に取り廻すアクロバットのような動きが要求されることもあります。これに対してロボットを使う低侵襲手術は、メインの傷の大きさはミックス手術と同じですが、ほかの小さな穴(ミックスは2か所でダビンチは3か所)から体の中に入るロボットの腕(アーム)と、人間の目のかわりに立体視できる3Dカメラを術者本人が操作して行います。ロボットが人工知能AIで手術を行うわけではありませんが、小さなロボットアームは体に入る部分に関節をもっており、繊細な動きをすることが可能です。いわゆるミックス手術との違いは、人間の手以上によく曲がり繊細な動きで手術が可能なロボットアームを使用する点にあります。手術後の逆流制御を長持ちさせるためには、きっちりと美しく弁の形を整えることが必要不可欠なのですが、ロボット手術はこの方針に適していると思われます。しかし、ロボット手術では道具の出し入れや糸結びなど、ミックス手術にくらべるとひとつひとつの動作に時間がかかります。一般的にはロボット手術のほうがミックス手術よりも手術時間が長くなるといわれており、一長一短あると思われます。当科では、長持ちする逆流制御を目指して、細かな形成を行う道具として、ロボットを使用したダビンチ手術を積極的に行っています。しかし特に時間がかかるような複雑な弁形成手術が必要な場合は、心臓を止めておく時間に制限があるため、直接手を使うミックス手術または胸の真ん中から行う一般的な手術を選択しています。

右小開胸のMICS(ミックス)手術とロボット (ダビンチ) 支援手術

左:手術支援ロボットダビンチ 右:ダビンチを使った心臓手術全景

右小開胸のMICS(ミックス)手術とロボット (ダビンチ) 支援手術

手術野では上図のようにロボットアームが挿入されて手術を行う

ロボット手術はこれまでは泌尿器科や消化器外科領域を中心に使われてきましたが、2005年あたりからアメリカを中心に心臓手術でも始まり、前述のように本邦でも2018年から手術支援ロボットダビンチによるロボット支援下弁形成術が保険適応となりました。心臓ロボット手術は難易度が高いといわれており、麻酔科医師・体外循環技師・看護師とともにロボット手術チームを作って総力戦で臨む必要があります。国内では、このチーム力や医師の技術力を担保するためにロボット心臓手術関連学会協議会を作り、その協議会で決められたトレーニング等を受けた施設と医師のみがロボット心臓手術を行うことができる仕組みとなっています。現在国内では、当院を含めて24施設でロボット支援心臓手術を行うことが可能です。ただし、心臓の状態や動脈硬化の程度などの観点から、ロボット手術を含めたミックス手術が不利な場合もあるため、治療前に精密検査を受けていただいて慎重に検討する必要があります。

右小開胸のMICS(ミックス)手術とロボット (ダビンチ) 支援手術

左:遠隔操作でロボットを操作する 右:ロボットによる僧帽弁形成術の心臓内の術野